2006年01月19日

ペレちゃんのおはなし。

母親曰く、多分、今日の朝の10時ごろ。
私のペットの犬が永眠しました。

ペレって名前です。由来は何処だか知りません。サッカー業界のどっかに同じ名前の人がいるらしいですけど。
私が物心もつかない時に、家族の誰かが拾ってきた雑種の雄犬です。
幼稚園の頃は馬とかに憧れて、ペレの後ろに乗って走る事を密かに夢見てました。
とにかく元気一杯で、よく食ってよく遊んでよく吠えてよく走り回っていました。
雷が苦手で、大雨の日はいつもペレを心配していました。
阪神大震災の時は、いつも紐を繋いでいたガレージも崩れず、無事でした。
よく母親に付き添って散歩にでかけていました。
初めてペレの紐を持った時は思いっきりすっ転んで大泣きしました。
結局、紐が持てたのは小学校5,6年生の時だったかなぁ。
私ってば大きくなったなぁ、と感慨深かったです。うん、感動。
多分、ある日の夜。尻尾を踏んだ時に噛まれたのを覚えています。
あれが初めてペレに噛まれた時で、当時のお向かいさんの裏にいた犬の方が痛かったと思います。

中学に入って、私は学校に行かなくなりました。
外に出て、学校の誰かに会えば何を言っていいかも分からない。
それが嫌で、ペレの散歩も行かなくなりました。
猫ばっかり可愛がってました。もう一匹、猫が増えてからはますます一緒にいて。

いつからだったんだろう。近所に犬の声が響かなくなったのは。
中学の終わり、高校に入って、次々に犬の訃報を聞きました。
姉の友人の実家の犬、私を噛んだ元お向かいさんの家の犬。他にも、訃報を聞かなくても、いつの間にか姿を消していた犬もいました。
祖母の家の犬も死にました。家に行った時に、何処にもいなかった。
ペレももう、写真でしか見られないんですよね。

高校に入ってからのペレはもう老犬としか言いようがありませんでした。
足腰が弱り始めて、いつも散歩に行ってた公園の階段を下りる事ができなくなりました。
近所をほんの少しぐるぐる回るだけ。昔は公園に向かって走っていた平坦な散歩道を、ペレはとぼとぼと歩いていくだけでした。
ガレージにウンコを漏らすようになって、みるみるうちに臭くなりました。
臭いのが嫌で、私はそこに近寄るのも嫌になって、ガレージは息を止めて小走りで通り過ぎるようになっていきました。
そのうちペレはやせ細って、骨が見えて、足が棒のようになっていって。
私でも頑張れば折れるんじゃないかという程の棒切れで立ちあがっていました。
弱りきった足で簡単に立てるはずもなくて、それでも私達の姿が見えると立ち上がろうとして、いつしかペレを嫌っていた私でも、心を打たれる姿でした。
「もう立たなくていいんだよ」って言ってもペレは立とうとしました。
無理して迎えようとしなくていいんだよ。立てないのは分かってるから…って。
そのうち、ペレは立たなくなりました。

たまに棒切れで立ち上がって、餌を食べて、犬小屋に戻らずに寝転がる。
ペレはそんな生活を繰り返し、私はペレに近寄らず、高校に通っていて。

三日前でした。ペレはもう立てなくなって、ガレージに倒れていたそうです。
父親がペレを抱えて犬小屋の中に入れて、マットをかけてあげました。
動物病院に連絡しようとした矢先でした。ペレが死んでしまったのは。

私はそんな事も全く知らずに、相変わらずの高校生活を送っていました。
ガレージを見たのは昨日、学校に行く時。ペレを見たのではなく、ガレージが見える窓を開けた母親を見つけたから「行ってきます」と手を振っただけ。
最寄りの駅に行くのには、私は玄関を出てからガレージの前を通りますから。
…あの時にペレは何をしていただろう、と思ったら、そういえば犬小屋の中に水色の何かがあったなぁと今思い出しただけです。
水色のふかふかなマットがペレに被さっていただけで、ペレの姿は見てませんでした。
母親は、私が学校に行くのを見送ってから、ペレの様子を見に来たんです。
今思えば、母親は、やっぱりあの時には私に気付く前にペレの様子を見ていました。
何も気付かずに、母親に手を振っていました。

次の日にペレは死んでいました。
学校はいつも昼からで、私が起きて支度をしていたのが十一時。
「ペレちゃん死んじゃった」って母親に言われて、私はペレの死を知りました。
ガレージに行くと、ペレは口を半開きにしていました。そこから舌が垂れていて。
ペレの目は開けっ放しでした。閉じた目にゴミがついているんだろうと思っていたんですけど、よく見たらそれが違う事に気付いたんです。
棒切れの足は擦り切れて血が出ていて、赤くなってました。

その傷は初めて見ました。そして、昨日も一昨日も、三日前も、日曜日も、土曜日も、私はペレを見ていないことに気付きました。
冬休みだって、私は滅多にペレを見ていませんでした。
家の中でぼうっと寝ていたり、学校で友達と遊んだりして、過ごしていました。
私はペレが弱っていくのを見ていながら、気にもしていなかった。
最低だよ、私。ペレはあそこにずっと居たのに。ずっと寒空の中生きていたのに。

ごめんね、ごめんねって、謝りました。
もう動かないのに、魂は違う場所に逝ってしまったのに。
目を閉じさせようとしても、閉じないんです。冷たくて、もう固まってて。
これが死後硬直ってやつなんだろうかって思いました。
本当に、蝋人形みたいに、ピクリとも動かないんです。

その後に、三日前から倒れていた事、朝はまだ生きていた事、そして昨日の夜中に、ずっとペレは鳴いていた事を知りました。
昨日は四時まで起きていたのに、ペレの鳴き声なんて全く聞こえませんでした。
近くの部屋で寝ていた母親は聞こえていたのに。
ガレージから一番遠い部屋で寝ていたとしても、私は何度もその部屋を出ていたのに。
あれがペレの最後の声だったんですよね。…何て言いたかったんでしょうか。
「まだ生きてるよ」とか「もうすぐ死んじゃうよ」とか、叫んでたんでしょうか。

私が昔、ハムスターを飼っていた頃。
死んでしまった時に、ふとペレが死んでしまった時の事を想像してみました。
まさかあんなに痩せ細って、呆気なく死んでしまうなんて…昔の私には思いもよらなかった。
元気一杯に走り回ってるあの犬が動かなくなる瞬間自体が、想像できなかった。
…ペレは今、あの時みたいに、天国で元気に走り回っているのでしょうか。

何も知ろうとも、聞こうともしないで、本当にごめんね。
弱っているのも知っていたのに、それでもペレを避け続けて、ごめんね。
いつまでもバカなんだよ、最低なんだよ、私は。
それでも生きていてくれて、家に来てくれて、そして居てくれて、有難う。
私が十七歳だから、ペレは十四、五歳。人間に例えると何歳ぐらいだろうね?

どれくらい臭くても、弱ってても、生きてるだけで良かったのに。
子供の頃は、いずれ死ぬのなら看取ってあげたいって思ってた。
なのに実際は、ひっそりと独りで逝かせちゃって…本当に、本当にごめんね。


それから、昨日の夜の事です。私は学校の帰りに一匹の犬を見かけました。
暗がりの中、犬は首輪を付けたまま、うろうろとその辺を彷徨っています。
「どうしたの、危ないよ」と私が声をかけると、こっちをしばらく見てからまた何処かへ行こうとします。
その間にもちらちらとこっちを見ていて、警戒しているのだろうかと私は思いました。
やがて犬はマンションの茂みを潜り抜けて、どこかへ行ってしまいました。

そこは坂になっているのですが、私はそのまま上り続けて、一度振り返りました。
犬は道を渡り、電信柱についた電灯の下をうろうろとしていました。
このままだと車に轢かれそうで、私は「放っておけないなぁ」と頻繁に後ろを振り返るようになりました。
その時に声がしたんです。アルトの低い女の子の声。
誰かの名前を呼んでいました。名前は短かった気がします。でも聞き取れなかった。

私はもう一度振り返りました。さっきまでいた犬の傍には車が止まっていて、赤い服の女の子が車のドアを閉じるところでした。
その子を乗せて発車した銀色の車。そこにはもう犬は居ない。
「きっとあの子が飼い主で、親と一緒に車で犬を探してたんだろう」と思いました。

あの家族もいずれあの犬と別れる事になる。
それでもあの子は、私みたいな最低な人間で無い事を祈りたいです。

明日、お墓にペレを埋めに行きます。絶対行きたい、ちゃんと見送りたい。
お葬式だから、黒いワンピース着ていこうかな。寒いけど。


posted by 早月 at 14:13| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 様々な事を語ってみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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